
[2012/05/10]
来社した営業マンに、
自分で作ったデザインを元に、
逆営業してみました。
自分で営業してみると
どんな風に使われているかということを
想像するきっかけになります。
スゴ腕営業マンさんたちのフィードバックを待ちつつ、
自分の経験則を加味することは、
広告やデザインにとっても、栄養になるはず。

[2012/05/09]
気持ちが開いているときなのか、
それともそういう人なのか、
かなり遠く離れたところからでも、
知り合いやお客さんを見つけて、
分け隔て無いように
にっこり微笑む方がいます。
単に目が良いとも言えるけれど、
見つけて避ける人もいるはずだから、
そういう人はコミュニケーション感度が高いのでしょう。
そんな風に感情の回路が開いていると、
楽しい事やうれしい事が起こる前から、
それを察知してなのか、半ば笑っている方もいます。(笑)

いろんな能力や才能がありますが、
こういう事が生きていく上で、
一番大切なのではないかと、目の悪い私は、
眼を細めて、遠くを見る。
[2012/05/08]
よく議論などでもあることですが、
言った方は、こじれたくないという理由で水に流したいと思い、
一方、言われた方は、石に刻むほどの思いもあります。

これは、広告作法やデザインアプローチなどにも
通底するものだと思います。
理由のひとつは、広告は最小限の投下で、
最大限の効果をあげることに寄与するからで、
逆に言えば、必ずと言っていいほど、
どなたかを見逃しているとも言えるからです。
さりとて、前言を撤回すると情報発信にブレがあると
揚げ足をとられるという場合もあるでしょう。
偉そうには言えませんが、発言や文章については、
広報広告関係者はもとより、情報発信関係者はおしなべて、
注意や気づきが大切だと思います。
そう言えば、いいクリエイターには、
必ずいい気づきの才能があると某広告代理店営業が言っていましたし、
私の周囲でも、できるコピーライター、デザイナー、接客業、営業等には、
皆さん、この才に長けている方々が多いように思います。
基本的に大雑把な性格の私ですが、この才は、後天的にも
積み上げられるものでしょうから、
見方を変えると何も言えなくなることもありますが、
少しずつでも高めていきたいです。
特に議論温度が高く過熱しすぎると、不用意に傷が付くこともあり、
なかなか修復に時間が掛かったり、不可だったりすることもあるでしょう。
なぜなら、傷ついたのは、議論論拠ではなく、
感情だからです。
[2012/05/07]
事を起こすときは、最悪の事態を想定してみるのも一手だと思います。
仕事関連でも、何かと身動きがとれないと感じる事もあるものです。
しかし、想定される最悪の状態をよくよく考えると、
例えば、許される範囲の経済的損失であったり、
幾ばくかの時間消費と言うことであり、
不安の正体を明らかにできると、失敗したとしても、
この程度で済むならと、かえってリラックスでき、
柔軟なアイデアにつながることもあります。
よって、最悪が想定できないと、手も足もでない、という状況も生まれます。
そうではなくて、そこにビジネスチャンスや
人の役に立ちたいなどの肯定的動機付けがあれば、
尽力を解き放って、たとえ途中で裏切られたり、
騙すつもりであったとしても、
いずれ、自らの血肉に還元されるように思います。

尽くし失敗しても、家族は家族のまま、
友達は友達のまま、味方は味方のままですし、
思えば、敵は敵のままで、そういう意味での、
世界はちっとも変わらないように思います。
[2012/05/07]
先日、あまりのスープの美味しさに、
再び訪れた不老長寿海鮮スープの店。
今日は、必ず写真を撮ろうと思っていたのに、
いざ、料理が目の前に置かれると
我を忘れて、スープに没頭。
世界は、私と不老長寿に化したよう。
キラーコンテンツを持つところは、
強いなぁーと、再認しました。
また近々訪れようと思いつつ、
スープが一滴も残っていない
真っ白な器にあしたのジョー最終巻、
最終ページを思い起こすのでした。
[2012/05/07]
横浜 南部市場近くに、穴子の美味しい市場直営店があると聞き、また、江戸前寿司の穴子は、この界隈のものが多いとTV番組「ブラタモリ」で見た事を思い出し行ってみたのですが、期待と裏腹に、穴子の料理は一切なし。(´・_・`)キョトン。
ところが、しょうがないと思って頼んだ料理のオリジナリティが高く、これがまた目にも楽しく、値段も手頃だった割にボリュームもあり、しかも、飛び切りおいしい。特に貝類は、弾力があり、歯を押し返してくるような感覚があるほど。
いわゆる和洋折中創作料理と言うジャンルで、口に放り込むと、いい意味で舌が裏切られ、普段引っ込み思案の脳内エンドルフィン、ドーパミンが出たがるのでした。
従業員は、男性2人だけの様子で、料理と給仕を入れ替わりながら、非常に手際良く行っており、そんな中、常連さんらしい集まりには、飛び切り美味しそうで、たっぷり量のある天ぷらをサービスしていました。
会計は、食べて飲んだ割には、間違いではないかと思うほど安く、店主が不必要と考えている経費を切り詰め、お客様にとって、何が店から提供するものとして、ふさわしいか、模索、研究、実行しようとしているかが伺えました。
食べたいものは、穴子でしたが、それ以上のものを頂いてきました。
[2012/05/07]
渋谷ヒカリエが出来て複雑怪奇だった通路も今後徐々に整備され、集客導線も強化されていくと言う。
きっとそうなのでしょう。
しかし、その煩雑だった通路にもかかわらず、集客力がある渋谷の魅力には、逆に、分かりにくさ故の、迷路機能が潜んでいたようにも思います。
新規来客には、何が飛び出すか分からないビックリ箱効果を。常連には、抜け道などからの再発見を。
理路整然と並んだ幾何学的ユニットは、クリスタルチックで綺麗ですが、もう一方、カオス要素がはみ出した境界線上には、サプライズを与えてくれてくれる何かが横たわっているようで、えもいわず魅力的です。
[2012/05/07]
[2012/05/02]
会議で、全く同じ意見の二人がいたとしたら、
どちらか一方は、いなくても良かったのかもしれません。
それとは反対に、反対意見者に気圧されることも時にはありますが、
反対意見にも真摯に耳を傾けつつ、
新しいシナジー効果を生むことに傾注することが、
精神の成熟、健全な魂への道程という気もします。
意見の一致、決定統合を目標として議論などをするわけですが、
反対のための反対に、終始していることばかり目につきます。
最初は、猛反対意見応酬の末、
最後は、意見統一され、ハグしあって笑い合い、
目的や目標に向かって邁進する懐疑的会議が見てみたい。

何かと俺が俺がと主張するわけでもなく、
さりとて流されるわけでもない、
お手本のようなファシリテーターが、近い将来、
「ゆとり世代」あたりから登場してもいい気がします。
[2012/05/01]
人が感じる美しさとは何でしょう。
人それぞれ違っていても、
どこかに共通する感覚、感情、感性の流れはきっとあるはずでしょう。
カラヤンは、何を持って「美」の基準としたのでしょう。
有無を言わせぬ美を提供するということは、
いかなることなのでしょう。
どこをどのように磨けば、
デザインやレイアウト、
イラストなどに描き入れられるのだろう。
ひとつでも多く、それらを見つけ出したい。
